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2014.08.21

幸せの国ブータン (その2)

なかなかブータンにたどり着かない。それは、今回の旅を象徴しているのです。

2014年8月10日(日)。成田を発って2日目。
スワンナプーム空港、ブータン国営航空のドゥルク・エア。かなり端っこから、タラップを登って搭乗。

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(ドゥルクは雷龍の意味。そもそも、「ブータン」は外国から呼ぶ呼び方地元では「ドゥルク・ユル」(雷龍の国)と呼ぶ)
龍の模様と国旗の色が垂直尾翼に使われている。

さすがに、民族衣装に身を包んだCAさんは可愛らしい。
が、この便、ブータンに直行しない。インドのバグドグラってところに寄ってから、パロに向かう。

【入国~ウィンディ・フォダン:8月10日】
パロの空港は両側が山で、多分操縦は難しかったのだろうけど、それほど危うさは感じませんでした。
で、成田を出てから19時間余り、ようやく、ブータンの地を踏みました。

空港に降り立って、最初に目を引くのが、国道ご夫妻の大きなお写真。一昨年、日本にも来られて人気でしたかな。珍しくて、何枚も写真を撮ったけど、その後、とにかく、いたるところでこの二人のツーショット写真を見ることになる。(ちなみに、3年前の旅行者のブログを拝見すると、ここには歴代5人の国王の写真があったようだ。)

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入国審査に並ぶと、歴代国王のお姿が・・・。全身を入れるところが、ブータン風なのだろうか。

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4代目国王は民主化を進めて、息子に譲位。今の5代国王の下、ブータンがどのように変わるか。まだ変わる前のブータン訪問となった。

空港で円から現地通貨ヌルタムに両替。
現金が必要なのは食事の時のビール代くらいなのだけど、土産物屋でもカードが使える店が少ないらしいので、ちょっと多めの1万円を両替。5935ヌルタム。1ヌルタム約1.7円。
こちらにも、歴代国王のお顔がずらり。

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ここから、マイクロバスに乗り込み、まずは首都のティンプーを目指す。
ちなみに、その道路事情ゆえ、ブータンには大型の観光バスはない・・・、ってことだが、さすがに首都と、第1の空港の間の道路は快適。

ティンプーでは、市民の台所「サブジバザール」を見学。この市場、金~日しか開いていないので、この行程となった模様。
途上国で市場に来ると、得も言われぬ臭いがするのですが、ここはそれがない。というのも、穀物、野菜しかなく、肉、魚の類がおいていない(正確には、干したものがほんの1区画だけ)のだ。
虫も殺さない敬虔な仏教国だからねぇ。動物を殺生した結果を人目にさらすってことはないのでしょうなぁ。(それじゃ、どこで、肉、魚を買うのかは聞き忘れた。)

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色とりどりに野菜が置かれている。今から50年前、パロに日本人の専門家が農業の指導に訪れ、大根から始めて様々な野菜作りが始まったそうな。中でも目を引くのが大量の唐辛子。こちらでは、唐辛子を香辛料としてでなく、野菜として調理するのである。(皿の右側、いかにもピーマンの振りをしているのがブータンの名物料理「エダマツィ」(唐辛子とチーズの煮込み)である。)

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このほか、今の季節はマツタケがとれるそうな。確かに香りはします。これくらいの奴が15本ばかり入った袋が500ヌルタムくらいだったかな。さすがに、持って帰ってこれないだろうから、買わなかったけど。

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バザールの向かい側、橋を渡ったところには雑貨のお店が並んでいるので、自由時間に探検。こちらも色とりどり。衣料品、おもちゃ、靴、雑貨・・・。豊かな感じします。
ちなみに、ここに渉る橋には、色とりどりの布がたくさん。これルンタと呼ばれるもので、総て1枚1枚お経が書かれていて、みなさんが奉納するのですわ。風になびくたびに、お経を唱えたのと同じ効果があるそうな。

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バザール見学を終え、この日の宿泊地、ウォンディ・フォダンを目指す。
ティンプーを出ると途端に道が悪くなる。基本的に、都市は川沿いにあり、都市と都市を結ぶ道は川沿いになる。
そういえば、どこにもトンネルがなかった。建設コストの問題もあるのかもしれないが、ブータン人は山を神聖なものとあがめている(したがって、登山なんぞも許可されないので、人類未踏の世界最高峰はブータンの山だそうな)から、穴をあけるなんて、とんでもない・・・ってことかもしれない。

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道路標識は万国共通ですな。

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途中で、検問所あり。看板には、移民局とある。何の検問所か訊いてみると、インドからの労働者が、ブータン国内を勝手に移動しないように見張っているそうな。そういわれてみると、工事現場で働いている人は、ブータン人ではなくてインド系の人が多かった。
ある工事で出稼ぎにきたインド人が、工事が終わった後に別の県に行かないように管理しているのだそうな。

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3150mのドチュ・ラ峠で休憩。ちなみにブータン語で「ラ」ってのが峠という意味なので、正確には「ドチュ峠」というべきですな。ここのは108の仏塔(チョルテン)が建てられている。これをぐるっと歩いてるときに、急に動悸が・・・。ワインディングロードをクネクネと上がってきたので気づかないけど、結構空気が薄くなってるんですな。

1990年代以降、インドのアッサム分離派ゲリラがブータン南部のジャングルを拠点にしていたため、国内治安の面からもインドとの関係からも、ブータンとしては出て行ってほしかった。
このため、2003年12月、前国王が陣頭指揮を執ってゲリラを追い出したそうな。これを2004年に王妃が記念して建てたのが件のチョルテンでした。
「幸せの国」なんて言われて、そういうイメージになってますが、国を守るためには軍事行動も辞さない・・・、これって当たり前のことのはずなんですけどねぇ・・・。

ってことで、この日は古い町、ウォンディ・フォダンの川が見下ろせるホテル泊。
夜、テラスに出て夜空を見上げたが、曇り空で星は見えず・・・。

(その3に続く)

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